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【クニの「船を見てます」】
どうも、どうも。クニです。
先週は、なんと、労働基準監督署のお役人さんと話し合い
(別に、悪いことをしていたわけではありませんよ)。
これがきっかけとなって、急遽、
とある資格試験を受けてみよう、ということになりました。
合格率6割とのこと。大丈夫かな....
今回の【クニの「船を見てます」】は、
最後にちょっと悲しい(?)お知らせがあります。
それでは、行ってみましょう!
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【今日のラ・メール語録】
「死は、突然にしかやって来ないといってもよい。
いつ来ても、その当事者は、突然に来たとしか
感じないのである。
生きることに安心しきっている心には、
死に対する用意が、なにもできていないからである」
(岸本英夫『死を見つめる心』)
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東大・宗教学教授であった岸本英夫氏(1903-64)が
書き残した言葉です。
以下、紙面の許す限り、同書から何箇所か引用しましょう。
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死は、来るべからざる時でも、やってくる。
来るべからざる場所にも、平気でやってくる。
ちょうど、きれいにそうじをした座敷に、土足のままで、
ズカズカと乗り込んでくる無法者のようなものである。
それでは、あまりムチャである。
しばらく待てといっても、決して、待とうとはしない。
人間の力では、どう止めることも、動かすこともできない
怪物である。
死にいたるまでの病の苦しみさえなければと、人々は考える。
しかし、問題は、それほど単純ではない。死の苦しみの中には、
もっともっと、深刻なワナがかくされている。
肉体的な病気の苦しみは、かりにそれが苦しくても、
それは、死にいたるまでのことである。
死そのもののもたらす精神的な苦しみは、別のものである。
死自体を実感することのもたらす精神的な苦しみが、
いかに強烈なものであるか、これは、知らない人が多い。
いな、むしろ、平生は、それを知らないでいられるからこそ、
人間は幸福に生きていられるのである。
しかし、死に直面したときには、そうはいかない。
人間が、ふつうに、幸福と考えているものは、傷つきやすい、
みかけの幸福である場合が、多いようであります。
それが、本当に力強い幸福であるかどうかは、それを、
死に直面した場合にたたせてみると、はっきりいたします。
たとえば、富とか、地位とか、名誉とかいう社会的条件は、
たしかに、幸福をつくり出している要素であります。
また、肉体の健康とか、知恵とか、本能とか、容貌の美しさという
ような個人的条件も、幸福をつくり出している要素であります。
これが、人間の幸福にとって、重要な要素であることは、
まちがいはないのであります。だからこそ、みんなは、
富や美貌にあこがれるのでありまして、
それは、もっともなことであります。
しかし、もし、そうした外側の要素だけに、たよりきった心持で
いると、その幸福は、やぶれやすいのであります。
そうした幸福を、自分の死と事実の前にたたせてみますと、
それが、はっきり、出てまいります。
今まで、輝かしくみえたものが、急に光を失って、
色あせたものになってしまいます。
お金では、命は、買えない。
社会的地位は、死後の問題に、答えてはくれないのであります。
・・・・・・・
富、地位、名誉、健康、知恵、本能、容貌の美しさなどの条件は、
本当に力強い幸福ではなく、傷つきやすい、みかけの幸福である、
と、岸本教授は書き残しました。
そのことに、臨終に気づいても手遅れです。
岸本教授の警告は、
万人が共通して、無視してはならないことなのです。
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【トクトク情報〜
人間関係をより円滑にしたり、毎日を明るくする話題、
日々の生活でチョット役立つ情報、
知っておくと、おトクな話題等を連載にて配信しています。】
(先回の続きです)
先日、NHKのニュース番組で、
「自分にとって本当に大切なものは何かを感じ取る大学の授業」
が報道されていました。
講義を受ける大学生は、12枚の短冊に、自分の大切なものを
1つずつ書きます。家族や友人、趣味の音楽など....
病によって死に向かう架空の日記を講師が読み上げ、
学生はその場面を想像します。
指示に従い、学生は短冊を1枚づつ破り捨てねばなりません。
死にゆくことで自分の大切なものを1つずつ失う、
ということを疑似体験するのです。
最後に1枚をも破り捨てる指示が出され・・・
その瞬間、教室の照明が落とされ、静かな音楽が流れます。
多くの学生は涙を流していました。
・・・・・・
先回、この「授業」についてどう思うか、を宿題にしていました。
色々な意見が見られます。
肯定的なものとしては、
「大切なものを見つめなおすよい機会になると思う」
「自分の生きていることが当たり前でないことが分かった」等。
否定的なものとしては、
「こんな擬似的な体験で死を見つめるなど、子供だましだ」
「"病によって死に向かう"という場面設定がおかしい。
病気にかかわらず、すべての人が死ぬのだから」等々です。
皆さんは、どうですか?
ここでは、クニの感想のうち、
あまり見聞きできなかったものを述べておきたいと思います。
上記の岸本教授の「警告」に通じる、と思っています。
「死は、1枚ずつ捨てる、ということではなく、12枚なら12枚、
一度に捨てねばならぬ、ということのはず」
「短冊に書かれたものは、いずれも「自分にとって」の条件
だから、言ってみれば、自分の所有物のようなもの。
死は、その所有物のみならず、自分をも捨てねばならない。
もっと言うならば、破り捨てる主体である自分をも
捨てねばならないのが死、であるはず」
「授業を受けているときは真剣で、泣けている自分だが、
しばらくすると死を全く忘れて生きている。
この現実を凝視したい。いま死んだら、手遅れだから」
「重く暗く、しかし突っ込みどころ満載でもあるこの授業。
公共の電波で放送できるギリギリまで、この問題に
踏み込もうとしてくれた、NHKのスタッフに、乾杯♪」
★☆おしらせ☆★
十数回にわたって連載してきました
【クニの「船を見てます」】ですが、
なんと、今回の配信をもって、惜しまれつつも(?)、
「ラ・メール」から「卒業」となります。
次回からは、新しい執筆者の枠に代わりますので、
引き続き、ご期待くださいネ♪
なお、どうしても、続きが読みたい、という方は、
こちらのブログまで、どうぞ。
http://kuni18.seesaa.net/(不定期更新で〜すf^^;;)
それでは、いままで、ありがとうございました。
(特にべっち殿、お腹は大事にネ!)
またどこかで、お会いしましょう!!(^o^)/ クニ
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