大阪府立高の男子生徒2人が先月末と今月、相次いで飛び降り自殺したのを受け、太田房江府知事と生野照子府教育委員長は連名で10日夜、「大切な『あなた』へ」と題する緊急メッセージを府のホームページで公表した。
「あなたがいなくなることで悲しむ人がいることを忘れないで」「あなたはかけがえのない存在」などと呼び掛け、「絶対に死なないで」と訴えている。
9月27日に枚方市、今月9日に茨木市で、1年生の男子生徒がマンションや校舎から飛び降り自殺した。
[2007年10月10日23時26分]ニッカンスポーツ・コムより引用
大切な「あなた」へ (大阪府知事・教育委員長メッセージ)
http://www.pref.osaka.jp/kyoisomu/publicity/message.html
大阪府知事と、府教育委員長の連名による緊急メッセージだ。
命の大切さを訴えようとし、絶対に死なないで、と吐露している。
お二人の偽らざる、いまの気持ちであろう。
一方で、何か釈然としないものを感じた人も少なくないのではなかろうか。
その理由を探ってみた。
(1)目新しさがない
同様の緊急アピールは、特に教育関連の団体やその長から、これまでに
何度もなされている。内容を見ても、これまでの緊急メッセージに見られ
なかったような特筆すべき事項は、見当たらない。
(2)実効性が怪しい
この文面を読んで、「府知事や、教育の偉い人が必死になっているのだ、
やっぱり自殺は止めよう」と思う生徒諸君が何人あるだろうか。
(1)と(2)を踏まえ、敢えて冷めた見方で思いをめぐらせば、
「所詮、偉い人でも言えることって、この程度なんだね」
「自殺者が2人も出たから、何か言わないとまずいと思って言ってる
だけなんじゃないの」
「何をいまさら、って、感じだよねー」
こんな意見が聞こえてきそうだ。
これらの意見は、私に言わせれば(アピール者の意図を汲み取ろうと
する配慮を全く欠いた)暴言である。しかし、一理あるのも確かだ。
(3)なぜ、絶対に死んではいけないのかが、説明されていない
「命の大切さを訴えたいと思います。」「絶対に死なないでください。」
と訴える以上、「それはなぜか」という理由、訳を明示するのは義務と
言ってよいだろう。
本文中から、その理由と思われる箇所を拾い上げてみると....
「ただひとつの自分の命」
「「あなた」がいなくなることで、悲しむ人がいる」
「きっと「あなた」に寄り添ってくれる人がいます」
「きっと「あなた」を受けとめてくれる人がいます」
「「あなた」のこころで励まされる人がいます」
「「あなた」は未来に向かって成長するかけがえのない存在です」
「「あなた」は大切な人です」
以上だろう。
結局のところ、
「自分の命は一つしかないのだから(ほかに代わりは効かないのだから)」
「あなたを大切に思う人、いなくなると悲しむ人がきっといるのだから」
「あなたは未来に向かって成長するかけがえのない存在なのだから」
だから、自殺してはいけないのだ、という3点に集約できそうだ。
確かに、これらのことが「そうだなぁ」と思えるからこそ人は生きて
ゆけるのであり、そう簡単に自殺しないわけである。
しかし、自殺する人は、現に苦しいので、これらのことを「そうだなぁ」とは、
とても思えないのである。
人を恨んで苦しんでいる人に「あなたがいなくなることで、悲しむ
人がいる」と言っても、火に油を注ぐようなものになりかねない。
人に裏切られて苦しんでいる人に「あなたは大切な人です」と
言っても、「お前に何が分かる」と返されるだけだろう。
自分の無力さに苦しんでいる人に「あなたのこころで励まされる人が
います」と言っても、虚ろに響くだけである。
なぜ自殺してはならないのかが分からないで苦しんでいる人に、
「あなたは未来に向かって成長するかけがえのない存在です」と言っても、
もはや何の答えにもなっていない。
こういった「励ましの言葉」が耳や心に届かなくなるほどに苦しいから、
小学生から校長先生、大臣にいたるまで、多くの人が自殺しているのである。
逆に、「どれだけ苦しくとも自殺してはならない理由」がハッキリしていれば、
人は自殺はしないはずだ。
例えば、「勉強」にたとえてみると....
母「しっかり勉強しなさい」
子「何で勉強しなきゃいけないの?」
母「勉強は大切なのよ。絶対に勉強はしなさい」
子「だから、何で大切なの?」
母「何で、って....あなたの人生だからよ。ほかの人で代わりは効かないのよ!
あなたは未来に向かって成長するかけがえのない存在なんだから。
これ以上、私を悲しませないでよ....とにかく、勉強しなさい」
子「(全然答えになってねーじゃん....勉強しようがしまいが、
本来、自分の勝手だろ。勉強したら必ず幸せになるわけでもないし。
親父なんか、一生懸命勉強した、とか言ってるけど、今、アレだしね。
どんなにつまらなくても勉強をやらねばいけない理由、それがあるなら、
勉強してみたくもなるんだろうけどさ....)」
母「どうしたのよ、聞いてるの!」
子「うるせーなー」
皆さんが勉強してきた理由は、「周りの友達がしていたから」、
「しないと怒られそうだったから」、「なんとなく....」というものもあるかもしれないが、
やはり、「あの大学に入りたいから」「この職業に就きたいから」といった
具体的な目標・目的があったからではないだろうか。
勉強が楽しいうちは、目標が不明確でも問題にならないが、
思うような成果が上がらず、勉強が苦痛に思えるようになったとき、
「なぜ、こんな思いまでして勉強せねばならないのか」ということが必ず問題になる。
「勉強せねばならない理由」がはっきりしていれば、少々の挫折も
ものともせず、勉強に身が入る。それこそ「勉強せずにおれない理由」だろう。
しかし、その理由が分からないでいる人に、
「とにかく大切なのだから勉強しなさい」と勧めるのには、
無理がある、と言わざるを得ない。ますます勉強が苦痛になるだろう。
人生にも同じことが言えるのではないだろうか。
人生が楽しく思える間は問題にならないが、苦しいときには、
「こんなに苦しいのに、なぜ生きねばならないのか」、という
生きる目的が切実な問題となる。そんな人に、
「命は大切なのだから、とにかく生きなさい。絶対に死んではダメ」と
言っても、受け入れられないだろう。
上記の母子の会話について、「勉強」を、「人生、生きること」に差し替えてみよう。
冒頭の大阪府知事・府教育委員長の連名メッセージは、
この母親のセリフと同質のもののように思えてならない。
これが、釈然としない理由なのだろう。
緊急メッセージをはじめ、こういった声明文を取り上げて、
あれこれと意見したり批評したりするのは簡単だ。
しかし、声明文を作成した本人は、そのとき、心からそのように感じて
いた訳で、そのように感じるにいたった背景・経緯があったはずである。
それを知りえぬ者が無下にコメントするのは、大人げないだろう。
また、何の解決にもならない。
この緊急メッセージをきっかけとして、生き延びる人が一人でも現れることを
願いたい。いかに期待薄であっても。
それにしても、この1日のニュース見出しを見ただけでも、
「米高校で生徒が乱射し自殺」「自殺サイト開設し女性を殺害」といった
記事が目に付く。こと自殺に関しては、世界中の人が苦しみ、悩み、
迷っていることが知らされる。
そして、「苦しみに沈み、まさに自殺しようとしている人」を止めるのには、
理屈が通じないのである。私たちには毎日色々な苦しみがあるが、
とりあえず理屈の通じる世界に、今、生きている。
このことを、もっと喜びたいものだ。

